神戸地方裁判所 昭和33年(ワ)681号 判決 1962年11月10日
原告 フオルテイ・エンド・コンパニー・リミテイド会社
被告 株式会社松井商店
主文
被告は原告に対しイギリス通貨による金一、六九一ポンド二ペンスおよびこれに対する昭和三三年七月一七日から右支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対しイギリス通貨による金一、六九一ポンド二ペンスおよびこれに対する昭和三三年七月一七日から右支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。被告がイギリス通貨により右金員を支払うことができないときは、右支払いの日における為替相場により換算した日本通貨によりこれを支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
「原告はニユージーランド国会社法により設立された食肉類の貿易等を業とする有限責任会社であり、被告は日本国商法により設立された食糧品等の貿易等を業とする株式会社であるところ、原告が昭和三二年六月五日付電信ならびに同月一〇日付電信および航空郵便をもつて被告に対し、ニユージーランド産冷凍牛肉のシー・エンド・エフ売買申込みの意思表示をなしたのに対し、被告が同月七日付ならびに同月一四日付電信および航空郵便により、右申込みを承諾する旨の意思表示をなし、原、被告間に、大要次のごとき内容のシー・エンド・エフ売買契約が成立した。
(1) 目的物 前肢後肢等分牡牛ジー・エイ・キユウ級冷凍肉六〇〇クオータース、ただし、そのうち約一割程度までエフ・エイ・キユウ級冷凍肉を混入することを認める。
(2) 代金 陸揚港神戸港価格重量一ポンドにつきイギリス通貨による一シリング七ペンス半、ただし、、船積時までに運賃の変動があれば、買主たる被告の負担とする。
(3) 代金支払条件 買主たる被告がオークランド市ニユージーランド銀行に売主たる原告を受益者とする一覧払為替手形取消不能銀行確認信用状を開設して行う。
(4) 目的物船積期間 昭和三二年九月中に、オークランド市において、汽船ポートタウンスビル号または最初に利用できる(その他の)船舶に船積する。
なお、原告はその後被告に対し、同年八月一日付電信により、右目的物は汽船アルゼンテイニヤン・リーフア号に積込む旨を、また、同月八日付電信により、目的物の概算重量は一〇万八、八五四ポンドである旨をそれぞれ通知した。
しかるに、被告は右契約の成立後、その解約等を求めて、代金支払条件たる信用状の開設を拒否し、船積期間たる昭和三二年九月中を経過するも、これを開設しなかつた。
ところで、右売買契約は、その性質上、約定の船積期間中に目的物の船積をしなければ、契約をなした目的を達することのできない、いわゆる確定期売買であり、かつ、右信用状の開設は、目的物船積の先行的条件であると解すべきであるから、右契約は、商法第五二五条により、被告が信用状の開設をせず、右船積期間を徒過したときに、解除されたものとみなされるべきである。
被告の右債務不履行による契約解除の結果、原告は約定期間中の船積に備えすでに入手していた冷凍牛肉六〇〇クオータース、その確定重量一〇万八、七二六ポンドを他に処分せざるをえなくなつたが、その値下りのため、右契約が解除されなかつた場合に得べかりし代金合計八、八三三ポンド一九シリング九ペンス(イギリス通貨による、以下同様。)からその場合に予想された運賃額一、八一二ポンド二シリングを控除した原告の手取予想額七、〇二一ポンド一七シリング九ペンスと右冷凍肉を他に処分したことによつて得た代金合計六、三八一ポンド八シリングからそれに要した運賃、保険料一、〇五〇ポンド一〇シリング五ペンスを控除した原告の手取額五、三三〇ポンド一七シリング七ペンスとの差額に相当する一、六九一ポンド二ペンスの損害を蒙つた。
そこで、原告は昭和三三年七月一六日到達の内容証明郵便をもつて被告に対し、右損害金の支払を請求した。
よつて、原告は被告に対し、右損害金およびこれに対する右請求の翌日である同月一七日から右支払いずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求め、もし被告がイギリス通貨により右金員を支払うことができないときは、民法第四〇三条にしたがい、右支払いの日における為替相場により換算した日本通貨によりこれを支払うことを求める。」
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因事実に対する答弁として次のとおり述べた。
「原告および被告がそれぞれ原告主張のごとき商行為を業とする会社であり、その相互間に、昭和三二年六月五日付、同月七日付、同月一〇日付および同月一四日付の電信または航空郵便の交換のあつたこと、被告が同年九月中を経過するも原告主張のごとき信用状を開設しなかつたこと、および、かりに被告に原告主張のごとき債務不履行があるとすれば、その結果原告に生じた損害の金額がその主張のとおりであることはいずれもこれを認めるが、右電信および航空郵便の交換により原、被告間に原告主張のごとき売買契約が成立したとの主張はこれを争う。すなわち、原告より被告に対する昭和三二年六月五日付電信はこれに対する被告の承諾が金曜日午前一〇時までに到達することを条件にした期間を定めた申込みであるが、これに対する同月七日付電信による被告の承諾の通知は右期間内に到達しなかつた。また、原告の同月一〇日付電信および航空郵便は単なる契約申込みの誘引にすぎず、したがつて、被告より原告に対する同月一四日付電信および航空郵便が契約申込みの意思表示であり、被告はその意思表示を同月二二日付電信をもつて取消したが、原告はその間に右申込みを承諾する旨の意思表示をしなかつた。さらに、本件のごとき国際間の、しかも、多量かつ高価な商品の売買契約においては、その当事者が契約確認書に署名し、これを交換することが、契約成立の要件であるというべきところ、いまだ被告は契約確認書に署名して、これを原告に送付していない。よつて、いずれにしても原告主張のごとき売買契約は成立していない。また、かりに右売買契約が成立したとしても、それがいわゆる確定期売買であるとの主張、および、それにもとづく信用状の開設が、目的物船積の先行的条件であるとの主張はこれを争う。したがつて、右契約には商法第五二五条の適用はなく、いまだ右契約は解除されていない。」
さらに、被告代理人は、抗弁として、「かりに原告主張のごとき売買契約が成立し、被告がそれにもとずく信用状開設の義務を履行していないとしても、被告の右義務と原告の被告に対する目的物の船積ないし船積書類の交付の義務とは同時履行の関係にあると解すべきであるから、原告が自己の義務の履行ないしその提供をしていない以上、被告が履行遅滞に陥るいわれはない。よつて、被告は原告に生じた損害を賠償すべき責任を負わない。」と述べた。
原告訴訟代理人は、被告の右抗弁に対し、「原告が右売買契約にもとずく目的物の船積ないし船積書類の交付またはその提供をしていないことは認めるが、前記のごとく、被告の信用状開設の義務が、原告の目的物船積の義務より先給付の関係にあるのであつて、両者間に同時履行の関係はない。」と述べた。<証拠省略>
理由
原告および被告がそれぞれ原告主張のごとき商行為を業とする会社であり、その相互間に、昭和三二年六月五日付、同月七日付、同月一〇日付および同月一四日付の電信または航空郵便の交換のあつたことは、当事者間に争いがない。そこで、右電信および航空郵便の交換により、原、被告間に原告主張のごとき売買契約が成立したかについて判断する。
まず、いずれも成立について争いのない甲第二ないし第四号証、第三〇号証の一、二および証人堀内晴夫の証言によれば、次のごとき事実を認めることができる。
(1) 原、被告間には、東京都駐在ニユージーランド公使館の紹介にもとずく原告の昭和三二年五月七日付電信を端緒として、電信または航空郵便により、ニユージーランド産冷凍牛肉の輸出入取引に関する事前折衝が行われ、すでに同月中に、取引形態はシー・エンド・エフ売買契約により、代金の支払いは買主たる被告がオークランド市ニユージーランド銀行に売主たる原告を受益者とする一覧払為替手形取消不能銀行確認信用状を開設して行う旨の了解が成立しており、同年六月五日付以降の電信または航空郵便の交換は右了解を前提にしてなされたものである。
(2) 原告の同年六月五日付電信の要旨は、原告は被告に対し、前肢後肢等分牡牛ジー・エイ・キユウ級の冷凍肉六〇〇クオータースを神戸港価格重量一ポンドにつきイギリス通貨による一シリング七ペンス半で売ることを申込む(offer )、たゞし、被告の返事(reply )が金曜日午前一〇時までに到達すること、船腹が得られることを条件とするが、船積は九月中にポートタウンスビル号をもつてすることができる予定というものである。
(3) 被告の同月七日付電信の要旨は、原告の五日付電信による物品を、同代金額、同船積期間にて注文することを確認する(confirm )というのであるが、この電信は土曜日の朝到達した。
(4) 原告の同月一〇日付航空郵便(および電信)の要旨は、被告の七日付電信が承諾期間経過後に到達したが、原告は被告との取引を熱望しているので、さらに、次の条項を承諾(be in accord with )してほしい。すなわち、船積は汽船ポートタウンスビル号または最初に利用できる(その他の)船舶でする、取引物品六〇〇クオータースのうち約一割程度までエフ・エイ・キユウ級の肉を混入する、船積時までに運賃の変動があれば、買主の負担とする等の条項である。そして被告がこれらの全条項を承認(be agreeable to )すれば売買を確認する電信をするというものである。
(5) 被告の同月一四日付電信および航空郵便の要旨は、原告の一〇日付書状記載の各条項を承認した(agreed)、船腹および取引物品の概算重量が判つたら知らせてほしいというのである。
しかして、以上原、被告間の六月五日付から同月一四日付までの電信または航空郵便は、いずれも当事者間に売買契約を成立させることを目的とした具体的かつ確定的な内容の意思表示であり、とくに原告の同月一〇日付航空郵便は、単なる契約申込みの誘引にすぎないものではなく、確定的な契約申込みの意思表示であると解するのが相当である。
さらに、成立に争いのない乙第一号証および証人堀内晴夫の証言によれば、原告はその後被告に対し、同年六月一五日付の契約確認書(Confirmation)を送付したが、被告はこれに署名のうえ、原告に返送しなかつたことが認められるけれども、国際間に結ばれる売買契約も、特段の意思表示ないし慣習の認められないかぎり、当事者間の合意のみにより成立する不要式の諾成契約であり、当事者間に通例交換される契約確認書は、後日における契約の円滑なる履行、紛争発生の際の証拠の確保等を目的として、すでに成立した契約内容を確認するために作成されるものであつて、その作成ないし交換は契約成立の要件にはならないと解すべきであり、かつ、本件においては、それを覆すに足る特段の意思表示ないし慣習の存在したことは認められない。もつとも、証人堀内晴夫、同松山昭夫の証言の一部には、契約確認書の作成ないし交換が契約成立の要件であつたかのごとき供述も存するが、これらの部分は根拠薄弱にして採用することができない。
以上を総合すれば、原告の六月一〇日付航空郵便により、それ以前の当事者間の意思表示の交換を前提にした最終的な売買契約申込みの意思表示がなされ、それに対し、被告の同月一四日付電信および航空郵便により、右申込みを無条件に承諾する旨の意思表示がなされ、ここに原、被告間に原告主張のごとき内容のニユージーランド産冷凍牛肉に関するシー・エンド・エフ売買契約が完全に成立したものと解するのが相当である。
なお、成立に争いのない甲第五ないし第二〇号証によれば、被告はその後同月二二日付電信および航空郵便により、同月一四日付の意思表示を取消す旨の意思表示をしたが、原告からすでに契約は成立しているとの主張のもとにこれを拒否されるや、直ちに原告の右主張に同意(agree )したうえ、代金の値引き、積込み船舶等に関する交渉を進めていることが認められ、被告自身も裁判外においては、右契約成立の事実を承認していたものということができ、この事実は前記認定の正当性を裏付けるものである。
しかして、原告がその後その主張のごとき日付の電信により、被告に対し右売買契約の目的物を汽船アルゼンテイニヤン・リーフア号に積込む旨、および、右目的物の概算重量が一〇万八、八五四ポンドである旨を通知したことは、被告が明かに争わないからこれを自白したものとみなすべきであり、そして、被告が約定の船積期間たる同年九月中を経過するも、原告主張のごとき信用状を開設しなかつたことは、当事者間に争いがない。
そこで、つぎに、原、被告間に成立した右売買契約の意義ないし性質およびその契約にもとずく被告の信用状開設義務の性質ないし履行期限について考察する。
まず、右契約においては、その目的物の船積期間が特約されているのであるが、およそシー・エンド・エフ売買契約におけ船積期間は、その買主が自己の在庫品の数量、市場の景況、金融状態、船積地と陸揚地との間の通常の航海日数および船積書類の到着日数等を充分に斟酌したうえ、これを決定し、特約するものであるから、その特約はシー・エンド・エフ売買契約の最も重要な条項であり、売主はこの期間を厳守することを要し、この期間前または期間後に船積した物品の船積書類の提供は、債務の本旨にしたがつた弁済の提供とはいえず、したがつて、売主が約定物品の積込みをすることなく、一旦この期間を徒過すれば、もはやその契約をなした目的を達成することができなくなるものと解すべきである。とすれば、右のごとき意義を有する船積期間の特約された右売買契約は、その性質上、商法第五二五条所定のいわゆる確定期売買であると解するのが相当である。
また、シー・エンド・エフ売買契約において、その代金支払条件として、取消不能銀行確認信用状の開設を特約する目的は、売主をして代金決済の手段たる為替手形の割引を容易ならしめるにとどまらず、さらに目的物の船積以前において、売主が船積すれば直ちに為替手形の割引を受け、売買代金を実質的に回収しうるという確実な保障を与え、目的物の調達ないしその船積を安んじて行わしめることにあるというべきであるから、このような特約のある場合には、買主は、売主に対し目的物の船積ないし船積書類の提供を求めるための先行的条件として、かつ、遅くとも船積期間経過以前に、これを開設すべき義務があるものと解すべきが当然である。そして、買主の右信用状開設の義務は、確定期売買たる船積期間の特約されたシー・エンド・エフ売買契約から生じる義務であり、その先行的給付義務であるから、もし、買主が遅くとも右船積期間経過以前にこれを開設しない場合には、商法第五二五条により、その売買契約は解除されたものとみなすのが相当であろう。
そうだとすれば、原、被告間に成立した本件売買契約は、被告が約定の信用状を開設せず、船積期間たる九月中を経過すると同時に当然に解除されたものとみなすべきであり、かつ、被告は、右信用状開設の義務の履行を遅滞し、契約を解除せしめたことにより、原告に蒙らせた損害を填補すべき義務を負うものといわなければならない。
なお、右に関し、被告は、右信用状開設の義務が、原告の被告に対する目的物の船積等の義務と同時履行の関係に立つとの主張を前提にして、原告が右船積等の義務を履行していないから、被告が履行遅滞に陥るいわれはない旨抗弁しているが、被告の信用状開設の義務を前記のごとく先行的給付義務であると解すべき以上、右抗弁が失当にして採用する余地のないものであることは明かである。
しかして、原告が、被告の右履行遅滞による契約解除の結果、目的物の値下りのため、イギリス通貨による一、六九一ポンド二ペンスの損害を蒙つたことは当事者間に争いがなく、また、原告がその主張の日時に被告に対し、右損害金の支払いを請求したことも、被告が明かに争わないからこれを自白したものとみなすべきである。
そうすれば、結局、被告は原告に対しイギリス通貨により右損害金およびこれに対する右請求の翌日である昭和三三年七月一七日から右支払いずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求のうち右支払いを求める部分は理由があるから、これを認容すべきである。
なお、原告は、右のほか、被告がイギリス通貨により右金員を支払うことができないときは、右支払いの日における為替相場により換算した日本通貨によりこれを支払えとの請求をしているので、この点について判断する。
民法第四〇三条によれば、外国の通貨をもつて債権額を指定した場合には、債務者は履行地における為替相場により日本の通貨をもつて弁済をなすことができる旨規定しており、かつ、原告の被告に対する本件損害賠償請求権は、外国の通貨をもつて債権額を指定した場合に該当するのであるが、しかし、右規定は、債務者に対し、本来の給付たる外国通貨による弁済に代えて、日本通貨によつても弁済をなしうるいわゆる代用権ないし代物弁済権を認めたにとどまり、債権者に対し、代物請求権ないし選択権を認める趣旨ではないと解すべきであり、債権者としては、右規定によるも、本来の給付たる外国通貨による支払いを請求する権利しか有しないものというべきである。
したがつて、原告の本訴請求のうち日本通貨により損害金の支払いを求める部分は、理由がなく、これを棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口照雄 奥村長生 榊原恭子)